光清寺通信 山河大地

第79号  2025年11月

 




 私は小学校四年生の孫を連れてときどき外食に行きます。あるお店に行って食事の支払いをしたときに、孫は大きな声で「とても美味しかったです、ごちそうさまでした」と店員さんに言いました。店員さんはちょっと驚いたような顔つきをしました。しばらくの時を置いてまたそのお店に行き、食事のあと支払いをして「とても美味しかったです・・」と孫はまた大きな声を出し、店員さんは笑っていました。そしてまたしばらく時が経ったあとにそのお店に行くと、店員さんは「あら、いらっしゃい」とにっこり笑って迎えてくれました。この出来事を思い起こし考えをめぐらせている中で、この言葉が浮かんできたのです。仏教がいうご縁とは偶然のたまたまの出来事のことを言いますが、その出会いをこちら側がどのような態度で迎えるかということに大きな要因があると思います。私たちは日々にさまざまな出会いを与えられて生活しています。このことが新しい世界を開くきっかけになるためには、まず自分の方からの向きあい方が大事なのだと思いました。





    『観無量寿経』という経典

 今回は浄土三部経のひとつである『観無量寿経』のお話をしてみたいと思います。この経典は他のさまざまな経典とは違う特徴を持っています。釈尊の教えが述べられているのがお経ですが、その教えが出てくるきっかけ、その因縁の部分が結構長く、そこには殺人事件という驚くべき出来事が述べられ、これを「王舎城の悲劇」と言います。今から二千数百年前のお釈迦様が在世のころ、インドの小国で悲劇が起こりました。それは王さまの息子が父の王を厳重な牢獄に閉じこめて餓死させるという事件です。
 しかしそもそも何故そのような事件が起こったのか、そこにはさまざまな折り重なる因縁の絡まりがありました。そのことの発端は息子が生まれる前にさかのぼります。王さま夫婦の間にはなかなか子どもが授からず、後継者が決まらないのは国の重要問題です。ある占い師に相談すると「三年後に王子が授かります。それは山の奥にいる仙人が三年後に亡くなってその生まれ変わりとして王子が授かるのです」と言われました。これを聞いた王さまは三年が待ちきれず、臣下に命じてその仙人を無道にも殺してしまったのです。ところが仙人は殺されるに際して「私がやがて王子として生まれ変わったら必ずこの仇を報いるであろう」と言葉を残しました。やがて予言通りに夫人は懐妊します。占い師は「立派な男の子です、しかしこの子は何か貴方に怨みをもっていてきっと仇をなすでしょう」と言いました。王さまは不安になり、とうとう夫人と相談して、いよいよ生まれようとするときに高いところから生み落として殺そうと計画しました。しかし王子は生まれるべき因縁があったのでしょう、小指一本折っただけで命をまっとうしました。この出来事は王子にはまったく知らされず、両親は生まれた王子に深い愛情を注ぎ、やがて成人して大人になり王さまの仕事の一部を任せるまでに時が経過しました。
 王さまはお釈迦様を深く尊敬し、仏教教団の大きな支援者でもありました。お釈迦様の従兄弟であり弟子でもあった提婆お釈迦様を妬んで、いつか自分がお釈迦様に代わって教団の主になろうと考えていました。この提婆が王子に近づいて王さまの世代交代を計ろうとします。提婆は王子に出生の秘密を暴露し、王子はその悪計に乗せられてしまいました。王子は今まで信じて疑わなかった父王に裏切られた思いを抱き、そこから家庭崩壊の悲劇が始まります。
 王さまの妻は服の下に食べ物を隠して密かに牢獄に運び王さまを助けようとしました。水や食べ物を断たれた王さまは三週間経っても健在なので王子は不審に思い、とうとう夫人の密かな行動が露見してしまいます。そして母である夫人をも座敷牢に幽閉しました。夫人は自らの置かれた悲惨な境遇を嘆き苦しみ、かつて因縁のあったお釈迦様に願いをかけます。するとあろうことか、お釈迦様は夫人の目の前に立ち現れました。そこから夫人はお釈迦様の教えに導かれて阿弥陀仏の浄土を願いやがて救われていくという、この夫人の救済の物語がこのお経の主題となります。
 『観無量寿経』は唐の時代、七世紀頃に中国でたいへん流行ったそうです。お経が流行るという感覚は私たちにはわかりづらいですが、経典は当時の中国語そのものなので普通に読めたのでしょう。当時の著名な仏教学者は何人もこのお経の注釈書を出しました。ところがそれらの見方に対して根本的に覆す解釈をしたのが善導大師です。『正信偈』の中に「善導獨明仏正意」という一句があります。これは「善導大師ただ一人、お釈迦様の教えの本当の意図を明らかにされました」と親鸞聖人が言うのはこのことです。
 善導大師は、悲劇の中の夫人の苦悩とは何か、どのような形でお釈迦様に出会い、そしてどのように救われてゆくのかを詳細に解釈しました。仏道修行などとはおよそ縁のなかった普通の人が釈尊の教えによって救われたのです。善導大師のこの注釈は、遠く時代と国を越えて法然上人そして親鸞聖人へと受け継がれ、浄土真宗の念仏の教えの核心部に据えられます。この『観無量寿経』について私は今、あるところで毎月お話をしていますが、宗教によって人が救われるとはどういうことなのかを考えています。