光清寺通信 山河大地

第76号  2024年7月

 




 この相田みつをさんの言葉を私が知ったのは二十代の頃でした。人生につまずくことは生きていれば何度かあります。そして自分はダメだなという失望をいだいたりします。「等身大」という言葉がありますが、これは身の丈に等しい大きさを表します。私たちは時によって身の丈が伸びたり縮んだりすることがあるのです。もちろん身長が変化するわけではありませんが、私の自意識が身の丈を変えるというのです。でも「本当の私というものはそれ以上でも以下でもない」、ということを教えられて目が覚める思いをしたことがありました。塗り替えることのできない現実を正直に受け入れることはなかなか難しいことだとも言えるし、逆に無理をする必要もないと思い知ることで救われることもあるのではないでしょうか。






    弔いとお念仏の世界

 今年もまた暑い夏とともにお盆がやってきます。お盆といえば墓参り、仏壇のお飾り、そして知り合いの方が初盆を迎えるとか、昔とはずいぶん様子が変わってきましたが、お盆というものが日本人にとってある種の宗教的な時期であると言えるのではないかと思います。今回は弔うということを考えてみたいと思います。
 人間の長い歴史を考えてみるとお墓に遺骨を埋葬して死者を弔うということをやってきました。なぜ死者を弔うのか、弔うという言葉の意味は人の死をいたみ悲しむといいます。人類の祖先とも言えるネアンデルタール人の遺骨を発掘したときに、何かの花粉が一緒に発見されたことがあったという話を聞いたことがあります。それは死者に対して花を手向けたことを証明する事例であり、人類の原初形態のところで弔いを行っていたのです。つまり道具や言葉を使う以前の段階かも知れないところで弔うことをやっていた、これは人間が他の動物と区別するときの決定的な違いなのかも知れません。弔うということは人間が人間としてあることの大事な特徴なのでしょう。
 身近な人の死をいたみ悲しむということ、それは人間として思いやりのある、いたわりのある温かい心なのでしょう。しかしその心はその心のままでは完結できない性質をもっています。時間の経過とともに少しずつ悲しみの感情は薄められてゆき、弔うということの本質にあるものが何なのかわからなくなってくるという問題があります。自分自身の心を問うていってもおそらく答えは見いだせないのです。
 親鸞聖人は九才で出家して、比叡山で二十年間修行されたのはいったい何を求めてのことだったのか、これが私にはよくわからなかった問題です。もちろんそれは仏教の究極の教え、つまり仏陀の悟りの世界というものであることは間違いないと思いますが、それは人間の心の深くにかかえもつ問題と無関係であってはならないはずです。つまり人の死を弔うことが完結する世界を求めて、そして比叡山を下りて法然上人と出会うことによってついに目を開かれたのではないか、というふうに考えます。人の死をいたみ悲しむ心、すなわち人間にわき起こってくる宗教心は念仏という形を通して仏の本願の世界に相応し、阿弥陀仏を礼拝して念仏を称えることによって、その心が開かれてくることを教えてくださったのだと思います。
 文化と歴史と社会というものは密接に関連しあっています。お墓参りというのは多くの日本人が死者との関わりを考えてきた文化とも言えますし、そしてそれは長い歴史を貫いて行われてきました。それはまたそれぞれが個々のところでの行いであったとしても社会的現象なのであり、お墓参りをすることは常識的な日本人の一般的な行動と言えます。
 お墓参りをするとは死者を弔うことを行っているのです。しかしお墓参りをしたからといって私は死者を弔っているのだとは必ずしも言えないというのが人間の問題です。そのことを人間の意識の中で解決しようとどれほど考えても、容易には解決できません。そこにさまざまな迷信を生み出し、宗教はその問題をどのように解決するのかということが求められているのではないかと思います。
 親鸞聖人が言われたお念仏の世界とは、私たちがお念仏のご縁により、お念仏のお勧めに出会い、それを気後れしながらでも受け入れて手を合わせること、その積み重ねがいつの間にか日常生活の中に位置付けられます。日常の中に位置付いたお念仏は、過去の方々とも心が通い合う通路となって私たちを魂の救いの世界へと導くのです。このようなことが私たちの心の深い世界で展開しているのではないかと思われます。